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秋刀魚の味

1962年 松竹 カラー

監督:小津安二郎

※ネタバレ有り

最近昔の日本映画の名作に対して興味を持つようになった。
若い頃はそうでもなかったのに、なんなんだろうね。歳のせいなのだろうか。

さて、本作は日本映画の巨匠、小津安二郎の遺作。
娘を嫁にやる、父親の心情を中心に家族の在り方を描いている。

舞台は、昭和30年代、笠智衆演ずる平山は、ある会社の重役を務めている。
何の会社かは、分からない。しかし、そこそこの会社なのであろう、自分の部屋があり、秘書がいる。窓からは、工場の煙突が見えている。そして、夕方には会社を退出し、友人と飲み屋に行く。飲み屋も居酒屋ではなく、個室の座敷で、女将はかなりなじみのようだ。

彼には、24歳になる娘がいる。友人は、そろそろ結婚させたほうがいいと縁談話を持ってくる。しかし、平山には、ぴんとこない。まだ、いいじゃないかと思っている。妻に先立たれ、大学生の息子と娘との3人くらし。家事をおこなうのは娘の仕事だ。ただ、特に深い考えや、嫁に行かれては困ると強く考えているわけではないただ、なんとなくぴんとこないだけなのだ。今の暮らしが楽なのだ。そして娘もそんな空気を読んで、まだまだと思っている。

平山の長男は、結婚し、団地で暮らしている。そこそこの会社のサラリーマンなのであろう、友人からゴルフクラブを買わないかと言われ、妻とやり合っているところだ。給料も安く子供もまだ作らない。冷蔵庫を買いたいと、父親に援助を申し出る。平山は、嫌な顔ひとつせず喜んでお金を渡す。笠はいつもにこにこしている物わかりのよいやさしい父親。そして細君もゴルフクラブを買うことを笑って許してくれる。

平山の友人たちも、みな、それぞれ、幸せな暮らしをしている。
会社の重役だったり、最近、若い奥さんをもらったり。

ここに描かれているのは、幸せな日本だ。戦後数年が経ち、すっかり幸せな日常を取り戻し、おそらく夢も希望もあるだろう日本だ。

この映画に、ひとりだけ幸せでない人物が登場する。
平山の恩師だった人間だ。久々の同窓会で、平山は恩師と再会する。ひさびさに教え子に会い、喜ぶ恩師。料亭での宴会。ある料理を食べ、恩師は「これは何の魚ですかな」という。参加者の一人が「鱧でしょう」という。教師は「ほほう、これが鱧ですか。さかなへんに豊かと書いて鱧といいますな」と講釈をたれるのだ。酔いつぶれて帰宅した後、残った面々はいうのだ。「瓢箪は、鱧食べたことがないのか」と。瓢箪は教師のあだ名だ。参加者であるかつての教え子は皆成功者になっている。

恩師を家まで送っていった平山は、恩師が貧相な中華そばやを娘と二人で営んでいることを知る。そして、かつて美しかった恩師の娘は今はもう歳をとり、
やつれた中年の女となって、恩師の面倒を見ている。
後に、恩師は言う。「私は失敗しました。娘をついつい便利につかってしまって、嫁にやらなかった・・・」。

そのことは、平山に強い印象を与え、娘を嫁にやろうと決心する。

娘には、意中の人がいた。彼女の兄の後輩で兄と同じ会社にいる男だ。それを知った平山は、早速、長男に当たらせる。しかし、残念なことに、後輩にはすでに約束した女性がいた。実は、娘のことが好きだったが、結婚する気がないようだったから、その女性とつきあうようになったのだと。

それを聞き、涙を流す娘。

だったらと、友人の縁談に乗ろうと考える平山。そこからの展開は急だ。経緯は描かれてはいないが、結婚式当日の場面になっている。家で婚礼の衣装に着替える娘。父親に挨拶をしようとするが、平山はそれを「いいから、いいから」と遮り、「しっかりやりなさい」と送り出す。

そして皆が慌ただしく出て行き、誰もいなくなった部屋にただ鏡がぽつんと残っている。

その夜、自宅に帰った平山は、皆が帰り、次男も就寝し誰も居なくなった
台所で、ひとり「ああ、ひとりぼっちか」とつぶやく。

全体の雰囲気はコメディタッチで、寂しいラストではあるが、見終わった印象はさわやかで、暖かいものが残る。ただ淡々と家族の在り方を描いているのだが、ここにでてくる人間は、ことさら、悩むこともなく、状況を受け入れ、満足するだけの知性を持っている。それは、おそらく小津安二郎の知性なのであろう。ただ、そうはいっても、寂しいものは寂しい。それが、人生というものでろう。

ちなみに映画の中に、秋刀魚は出てこない。タイトルの意味は、いろいろな意見があるようだが「おいしいけれども、ちょっとほろ苦い」という秋刀魚の味を人生に喩えたのだと言う説が一番しっくりくる気がする。

娘役は、若き日の岩下志麻、長男は佐田敬二郎、長男の嫁は岡田茉莉子
恩師役は東野英治郎が演じている。笠の方が東野よりも年が上だったらしい。

よく、笠の台詞回しは棒読みだと、リアリティがないと言う人がいる。
リアリティとはなんでろう。リアルに演ずることがリアリティなのだろうか。
そういう意味では、小津は役者の実年齢と役年齢の違いにこだわらなかったことといい、様式的な画面構成といい、通常な意味でのリアリティには興味がないようだ。だが、そういう余計な情報がそぎ落とされたからこそ見えてくるリアルというものがある。

日本映画史に残る傑作と思う。個人的には「東京物語」よりも好きだ。