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朝井リョウ① 「何者」「スペードの3」

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朝井リョウの小説は、最初の内なかなか読み進めるのが難しい。
数ページ読んでは、本を閉じ、また数ページ読んでは閉じる。
なので、まず三分の一くらい読むのに、数日かかってしまう。
しかし、その最初の苦行を越えると、あとは一気に読むことができる。

彼は、登場人物の内面を掘り下げようとする。
たとえば、ある集団のなかでのその人物の立ち位置。
彼あるいは彼女は、そのなかでどういうポジションをとっているのか、
それは、周りからはどう見られ、あるいは、どう観られたいがために
どう発言し、どう行動するかを、克明に掘り下げる。
そして、たとえば、主人公がポジションが下の人間にかかける優しい言葉の裏にある優越感とか誰かが自分を高く見せるために不用意に発言する言葉の裏を分析してみせる。
その視線は、とても意地悪で、読んでいるこちらも居心地が悪くなる。

なぜかといえば、主人公はつまらないものを守るために自分を欺き、本来的ではない人生を送っている。そこから、いかにその過ちに気づきそれを乗り越えるかということが作品のテーマだからだ。なので、まず、いかに自己欺瞞に満ちているかという所から話ははじまる訳だ。

最初に読んだのは、直木賞をとった「何者」。
大学生の就活をテーマにしたこの作品、なかなか就職がきまらない本当は好きな演劇をまだ捨てきれない男子が主人公だ。彼は、かつてコンビを組み、今も演劇に生きる決断をした友人をばかにし、そしてまわりの仲間が内定を受けたという話をきいては、嫉妬し、そいつがはいった会社がブラックならいいのにと思ってしまう。
本当は、演劇に生きる友人や就職のきまった友人がうらやましいのだが、それを認めることはできず、一歩引いたところから傍観者のふりをすることで、かろうじて自分のプライドを守っている。

しかし、そんな風に小説はかかれていない。主人公はまわりの大学生のあせりや嫉妬や友情を冷静に見つめる傍観者=小説の語り部として描かれている。だから、読んでいる我々も彼の目を通して他の人間を見ているのだがラストで、しかし、いままでバカにしていた人間から、かれの欺瞞が暴かれ、かれは、何も言うことが出来なくなってしまう。
それはまるで小説をよんでいる我々の自己欺瞞が暴かれたような気分だ。

いわば、ミステリーの叙述トリックめいたこの仕掛けは、とても優れていると思う。
しかし、その仕掛けがこの作品の核ではないし、小説のテーマは、その主人公がいかに自分の欺瞞に気づき、そして自分を見つめることが出来るかだ。
ラスト、ある面接で主人公は、自分の長所と短所とは、と聞かれ「短所はかっこわるいところ、長所はかっこわるいということを認めることができたこと」という話をする。その面接の結果は描かれないが、そう思うことができたということで、希望をもって小説は終わる。

次に読んだのが「スペードの3」。
これは、3人の女性を主人公とした連作短編集だ。
最初の話の主人公は、学級委員長タイプだ。
小学生時代、学級委員長としてクラスをしきり、行き場のない子の面倒も見てあげた。
今は、あるタレントのファンクラブの幹事として、会を切り盛りしている。
しかし、かつてもそうだったように、彼女の思惑はずれていく。
面倒をみて頑張っているはずなのに、それが、まわりからは評価されない。
それは、彼女が面倒を見ている自分。がんばっている自分を演じている、ということが
なんとなく、まわりに伝わってしまうから。
あることから、彼女のやり方は、周りから非難され、行き場を失う。
そして、なにかを演ずるのではない生き方をしていくと感じさせるところで話は終わる。

構造としては、「何者」と全く同じだ。
弱さや、自己欺瞞を抱えた主人公が、それを誰かから暴かれ、
そして、どん底から、自分に正直に生きることをはじめる。

彼の書く主人公は、気づいても変わることが出来なくて
悩むということはなく、無様な自分を隠すことをやめ、自分を直視し
そして新しいスタートをきる。だいたい、話はそこで終わる。
いかに、気づき、変われるかに常にフォーカスされている。

でも、人間はそこまで、シンプルで合理的か?と思うのだ。
そこに気づけなくて、悶々とし、50歳くらいになってようやく、気づいて後悔する。
あるいは、気づいていても、何も変わることができずに悩む、
そして、気づいたことに目をつぶって、気づかなかったことにしてしまったり。
別に、それを描くことがいいというわけではないが
そういうあきらめ、が感じられないことは、やや不満だ。そして、そういう風に、人間を分析することで、なにかを分かったように描くことが不満だ。

残りの2つの話は、基本構造は、似ているが、もう少し物語としての飛躍が感じられる。

2番目の話の主人公は、自己否定はそこまでしていない。
ただ、現状を抜け出したいと思っている。
そして、ラストで、彼女は髪を切る。
それは、かなり唐突で、美しい行為ともそうでないとも何ともいいがたい説明のつかない行為だ。作者も、その理由や合理性については、踏み込まない。
3番目の主人公は、あまりぱっとしない女優だ。
何かにつけライバルと比較する自分自身にも疲れ、引退も考えている。
引退時にブログで発表する予定の、原稿も書きためている。
それは、おそらく、ああそうだったのかと、ファンや世間を納得させるものであるはず。
しかし、彼女は突然気づいてしまうのだ。そんな、世間を納得させるための文章になんの価値もないことに。そして、それを削除するところで、物語は終わる。

「何者」や一番目の話の主人公は、隠していた自分を、他人から打ち砕かれ
そして、リスタートをきる決心をする。

二番目や三番目の主人公は、もう少し複雑だ。
なぜ、そうするのか、自分でも明確には分からない。
だけど、そうしなくてはいけないと思うのだ。
理由は、分からないが、ただ行動する意思だけは感じる。
その分からなさや飛躍こそが、小説であると思う。

まだ、私の中で、朝井リョウに対する評価は定まっていない。
もう少し、読んでみるかと思う。