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アンナ・カヴァン 「ジュリアとバズーカ

 

ジュリアとバズーカ

ジュリアとバズーカ

 

 

アンナ・カヴァンの分身である「私」を主人公とした短編小説集。
ここに描かれているのは、カヴァンの人生そのもの。
 
冷淡な両親のもとで、愛情に恵まれずに育てられた影響で、
幼い頃から精神の安定を欠き、自分の居場所を見つけることが出来なかったカヴァン。
その不安定さは、大人になっても変わらず、
いつしか、ヘロインが手放せない生活を送るようになり、
精神病院への入院も体験する。
そんななか、安住の地と信じ、おそらく何かにすがるように結婚するも破綻。
それを二度繰り返し、カヴァンは何かを見つけようとすることさえ、あきらめてしまう。
それでも、創作意欲だけは持ち続け、死ぬ間際まで著作を書き続けた。
彼女にとっては、創作とヘロインだけが生きるための全てだったかのしれない。
 
本作には、不安と孤独におののく彼女の心象風景や生活の断片が淡々と描かれている。
この中での「私」は、わずらわしい生活や他者との関係に耐えられず
それを認識することすら止めてしまおうとする。
しかし、彼女は、それが不可能なことも知っている。
繰り返し出てくるクルマのモチーフ。
彼女は、人をひきながら霧の中で車を猛スピードで走らせる。
それは現実には存在していない人々のはずだが
最後には、警察に尋問されるところで物語は終わる。
自分や他者の不在すら信じることのできない、出口のない、絶望。
しかし、それは、誰かと信じられる関係を結べることを
心の底では願っていることの裏返しでもあろう。
 
ときおり語られる、かつての幸せだった結婚生活のこと。
彼女は二度結婚し、いずれも離婚している。
写真を見ると、なかなかの美人であり、精神的に不安定な文学少女
おそらく、ある種の男性を虜にするような魅力があったのではないだろうか。
「俺が守る」と庇護者となりたがる男性が。
しかし、彼女の精神的な不安定さは、生半可なことでは背負えるものではなかった。
本作では、些細なことから、信頼関係にひびが入り、壊れていく様がうかがえる。
結婚は、彼女にとって、おそらくただひとつの希望であったはずなのだが、
いつのまにか二人の関係のなかに疑念が入り込み、結婚生活の続行を不可能にする。
必死に探していた安心出来る場所や幸せは、彼女の手のひらからするりとこぼれて、
もう二度と戻ってはこないのだ。
 
カヴァンは、1968年、67歳でこの世を去った。
死後いくつもの未完の作品が発見され刊行された。
本作はその中のひとつ。
こわれもののような、心の記録は、切なくも美しい。