スキャナー・ダークリー

2006年 アメリカ

監督:リチャード・リンクレイター

出演:キアヌ・リーブス

※ネタバレ有り


原作は、P.K.ディックの傑作小説。
ドラッグ中毒をテーマとした、痛々しくも切ない話。
昔、サンリオ文庫で読んだはずはのだが、
ストーリーはあまり覚えていない。
ただ、切なさだけが印象に残っている。

それの映画化ということで、きっと暗くて儺難な映画なんだろうなあと
思っていたのだが、意外と見やすい映画だった。

全編が、フォトショップでダスト&スクラッチをかけて
輪郭線をつけたような、つまり、半分アニメのような画面。
それによって、現実と幻覚との境界がより曖昧になると同時に、
ある種のカリカチュアというか、寓話的なニュアンスを帯びてくるので
よりシニカルさが際立ってくる。
だから、主人公に過剰に自己投影することなく普通に見ることができる。
そうでなければ、結構辛かったかも、とも思う。
ちゃんと撮影してから、加工しているのでかなり手間はかかったらしいが。

ストーリーは、麻薬の囮捜査を行う捜査官が主人公。
捜査対象の仲間になり関係するうちに彼自身もだんだんと中毒になり、自分を見失っていく。やがて目的がなんだったのか、自分自身が何者なのか、なにもかもが曖昧になるなかで、彼は脳に障害をきたし更生施設に入れられることになる。
しかし、それすらも、当局の計画であり、廃人にならないと潜入できない
更生施設での麻薬生産の陰謀を暴くための作戦だった。
つまり、彼は、自分でも知らされぬまま
廃人になることで囮となるという役割を負わされていたのだ。

組織の非人道的な論理という大きな流れの中で、翻弄され、そして自分を見失う主人公。しかし、そういう陰謀論よりも、ここにあるのは、もっとパーソナルで根源的なこと。社会の中で自分の存在を肯定できない主人公の苦悩だ。
そのどうしようもない苦悩ゆえに、ドラッグにはまり、そこから抜け出すことが出来ない。それが、わかっていてもどうすることのできない、ゆるやかな絶望。
それは、おそらくディック自身の絶望なのであろう。

という、とっても暗い話なのだが、物語の多くの部分は
ジャンキーたちのたわいもない、馬鹿な会話によって成り立っている。
一人が買ってきた18段変速の自転車のギアが、前に3つ後ろに6個の9つしかないじゃないか、おまえ、だまされたんじゃないのか、というくだりは、とってもばかばかしくて面白い。

ラストで、脳の機能を失い無垢な存在となった主人公が更生施設で描かれる。
晴れ渡った空の下、麻薬が栽培されている広大な畑の中で主人公は農作業に従事する。彼に悩みはない。その、おだやかな表情は救いかもしれないが、
自分を破壊しなければ得られない救いは、果たして救いなのだろうか。

エンディングで流れるのは、トム・ヨークの「ブラックスワン」。
あまりに、似合いすぎててびっくりするくらい。

主演のキアヌ・リーブスは、とてもよかった。