騎士団長殺し

村上春樹 著
2017年 新潮社刊


村上春樹が描く苦悩とは、いったい何だろう。
主人公は、上品で知的で、どろくささというか
生きることにあがいている感じは全く感じさせない。
女の子にももてるし、才能もあり、物腰の全てがスマートだ。
でも、彼は、何かを失う。大切な何かを。
妻だったり、恋人だったり、妹だったり。
そして、その理由が分からない。
自分で、気づかぬ何かのために、大切な人を失うのだ。
失った原因は、彼にあるのに、彼はその理由が分からず途方に暮れる。

なにひとつ、悪いことをしたわけではないのに
大切な人は彼の元を去って行く。

村上春樹の苦悩とは、そんな不条理な恐怖だろうか。
自分では分からぬ理由によって、世界から拒絶される、という恐怖。

喪失というよりは、拒絶、という感覚。

自分には、何かが決定的に欠けていて
誰かを安心させ満足させることができないのではないかという不安。

彼が、クールであるのは、そういう不安に対する防御反応だろうか。
どうせ、拒絶されるなら、自分から拒絶するという過剰反応。

そして、彼の不安と不安定さは、何者かを呼び寄せる。不可思議な何かを。
その何かの中には、いいものもあり、闇としかいえないような悪いものもある。

その不可思議なものの導きにより、彼にはあるミッションが与えられる。
彼は闇と戦い、そのミッションを遂行することによって、
世界の手触りや確固とした確かさを、もう一度信ずることを思い出す。

そして、世界の拒絶という問題を乗り越えることに成功する。
それはしかし、彼が乗り越えたのか、それとも
彼ではない誰かのおかげで、乗り越えることができたのか。
よく分からないという疑問は残る。

ここに、描かれているのは、そんな物語だろうか?

豊かで非常に興味深いディテイルと、抽象的な苦悩と解決、そんな感じ。
村上春樹って、こんな感じだっけ、というのが率直な印象でした。
結構、いろいろ読んでるんだけど。

ちなみに、物語に登場する「白いスバルフォレスターの男」は
ツインピークス」のボブだよなあ、と想いながら読んでました。
村上春樹と、リンチって、何か似ている気がします。