ホラーよりも怖い人間ドラマ。 「セールスマン」

2016年 イラン・フランス

監督:アスガー・ファルハディ

出演:シャハブ・ホセイニ、タラネ・アリシュスティ
 
※ネタバレあり

ある事件をきっかっけに
変質していく感情、そして夫婦の関係。
とてもヘビーで、ある意味心理ホラー的な側面もある怖い映画であった。

アパートの取り壊しから急に引っ越しすることになった夫婦。
友人から紹介された引っ越し先で
妻は不注意から突然の侵入者に乱暴されてしまう。
頭を負傷し、心も深いダメージを負う。
一人で部屋にいることも耐えられず、精神は不安定になり
夫に無理難題をいっては困らせる。
夫の方は、警察に通報し犯人を捕まえたいと考えるが
妻は、それを望まず、早く引っ越し、全てを忘れたいと考える。

数日後、現場に残されたトラックから夫は犯人を探し出す。
しかし、その犯人は年老いて弱々しい男だった。
トラックでセールスをしているのだという。
そして、夫婦の引っ越し先に前に住んでいた娼婦の顧客であり、
勘違いから起こった悲劇であることが分かってくる。
そして、その男は家族に愛され、娘は結婚を間近に控えている。

夫は、犯人を監禁し家族の前で懺悔しろと迫る。
そこに連れてこられた妻は、しかし、もう許してあげてという。
しかし、夫は振り上げた拳を、夫は下ろすことが出来ない。
自分で自分をコントロールできずに、
当初の怒りと正義感だけをよりどころに行動を続けるしかなくなっている。
そして起こる犯人の男の病気の発作。

夫は、自分の正しいと考えることを実行し、
全てを明らかにし、責任をきちんと取らせようとする。
しかし、妻はそんなことは望んでおらず、
ただ早く事件を忘れ、心の平穏を取り戻したいだけだった。
夫に求めたことは、ただやさしさだったのだろうか。
そのすれ違いは、犯人の男の発作という極限状況の中で、
どうしようもないほど広がっていく。

止めることの出来ない感情と、持って行き場のない怒りと悲しみ
そのことによる心の変質と関係の崩壊。
夫の行動が理不尽のわけではない。充分に抑制された合理的な行動だったはず。
しかし、その行動が妻から共感を得られないとなったとき、むしろ反感を生むとなったときに、男の中の何かは微妙に変質し、妻との断絶を生んでいく。
ダメージを負ったのは妻だったが、微妙に変質してしまったのは夫かもしれない。

ラストの完全に壊れてしまった二人の表情の恐ろしいことといったら。
そんじょそこらのホラーよりも怖いです。