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めし

日本映画 1951年

監督:成瀬巳喜男

出演:原節子 上原謙

※ネタバレ有り

 

なんとも息苦しい映画である。
なにが息苦しいって、全編にわたって原節子が怒っているのだ。
美人が怒ると怖いとはよく言われることであるが
正統派美人の原節子なだけになおさらである。

では、原節子はなぜ怒っているのか。
それは、現在の貧乏長屋暮らしで飯炊き女のような境遇と
そんな境遇を与えることしか出来ない夫に怒っている。

時代は終戦から数年後、大恋愛の末に結婚したが子供もなく大阪の貧乏長屋で二人暮らしだ。原節子演じる妻は、毎日ご飯を作るばかり毎日。夫は優男の上原謙。悪い男ではないし、まじめでやさしいのだが、気はあまり効くほうではない。会話もあまりなく、妻の顔をみれば「飯は?」としか言わないし、妻の不満にも気がついていない。妻はそんな状況にだんだんと耐えられなくなってくる。

そこに現れる、わがままで奔放な夫の姪っ子。家出してきたという。
姪は妻の欲望の象徴だ。ご飯を作るという責任を持つことをせずに、毎日遊び歩いて人生を楽しんでいる。
だから、彼女の登場により、妻の不満はますます増大していく。
夫は、姪を大阪見物に連れて行くという。もちろん妻も一緒にというつもりでチケットもとってあるのだが、妻は直前になって行かないという。「どうして?行こうよ」という夫。しかし、妻はかたくなに拒む。そして、二人が遊んでいる間、妻は一生懸命、家の掃除やら炊事洗濯の家事に没頭する。しかし、心の中は煮えたぎっている。なぜ行かなかったのか、自分でも分からない。しかし、不満なのだ。姪に、そして夫に。

やがてその不満は大きくなっていき、妻は姪を東京に送り届けがてら実家に一時帰省することになる。一時的な帰省であはるが、実情はかなり危機的だ。
夫もそれはうすうす感じてはいるのだが平静を装って妻を送り出す。

東京の実家では妹夫婦が母親と一緒に堅実に暮らしている。
東京での最初の日、夕方まで、寝てしまう妻。いままでの大阪での暮らしが、よほどストレスだったのだろうか。母はとがめることもなく「女は眠いのよ」という。しかし、観ている我々は、あれっと思う。妻ってこんな人だっけ?と。ここでは妻と姪の立場が逆転しているのではないかと。

次の日、妻は職安に職を探しにいくのだが、長い列ができていて
とても簡単にはいかなそうなことを知る。妻は、自分にはもっと輝かしい可能性があると思っている。しかし、現実はそれほど甘くはなさそうだ。
夜、妻に思いをよせているいとこと食事をする。話の流れで、昔箱根に一緒に行って楽しかったという話になり、いとこは「これから行こうか」という。妻は、「だめよ、私まだ結婚しているのよ」という。「まだ」ということは、もうすぐ「まだ」ではなくなるかもという意味も含んでいる。

ある日、姪が妻の実家を訪ねてくる。
映画を見ていて遅くなったので、泊めてほしいと。
あなたの家の方が近かったんじゃないのとたしなめる妻。
だが、結局泊めることになるのだが、布団を敷こうともしない妻と姪に対して妹の夫が、「働いてもいないんだから、お母さんが布団を敷く必要はないですよ。泊まりたい人が敷けばいい」という。正論だ。慌てて、布団を敷き始める妻と姪。妻はわがままな姪っ子に対して感じてきたことが、そのまま自分に帰ってくることに愕然とする。

翌日、姪を送り、夫の親戚の家に行く。
そこでも、早く大阪に帰った方がいいと諭される。
そこで姪は、妻のいとこと食事をしたことを

妻に話す。半分、自慢だ。そして、「いい人ね。私、結婚しようかしら」と。それを聞き、妻は狂ったように笑う。それは、実は妻も密かに可能性として考えていたこと。それを、姪が口にしたことにより、自分の考えが、所詮は姪と同じレベルでしかない浅はかで打算的なものであったことに気づき、自分の愚かさを笑うのだ。

結局、輝かしい可能性は夢に過ぎず、自分の夢なんて所詮、姪と同レベルと思い知らされ、大阪に帰るしかないのかしら、と打ちのめされて帰ってきた妻を、母親と妹は満面の笑みで迎える。夫が来たのだと。
妻は、しかし、玄関にある夫のくたびれた靴を見たとたん、うろたえて、家に入らずに飛び出してしまう。みじめな気分に追い打ちをかけられたように、妻には思えたのではないか。

しかし妻は、そのすぐ後、銭湯から出てきた夫とばったりでくわす。
観念したように軽食屋に入り、ビールを飲む二人。そこでのやりとりは、細かく緻密だ。妻の不満を知らないふりをし続ける夫、そして、夫の妻であるというポジションを徐々に取り戻してゆく妻。

そこでお互いの近況報告が終わった頃、夫は「あー、腹減った」といい、あわてて、それを訂正する。妻が「私の顔見ると、めしはまだかとしかいわない」と不満を漏らしたことをちゃんと覚えているというアピールだ。その慌てぶりを見て、妻はほほえむ。夫がいう「そろそろ、帰ろうか」と。これは、妻の実家に帰るかということでもあり、また、大阪に帰るかという意味も含んでいる。妻は、「ええそうね」と同意する。

翌日、二人は、一緒に大阪に帰る。汽車のなかで、女のしあわせは、めしを作り家族のためにつくすことだと妻のモノローグでのナレーションが入る。
結婚というのは、ある種妥協しながらお互いの満足を探すということなのであろうし、これが、大人の解決方法であると考えることもできる。だから、これでハッピーエンドであるといってしまってもよいのであるが、どうも私には、3年後くらいにはまた、妻が不満に耐えられなくなるのではないかと心配になるのだ。

ちなみに、原作は林芙美子、新聞連載中に亡くなってしまったため、
ラストは原作になく、本作のオリジナルとのこと。